「旅」のことのはぐさ

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王宮でエメラルド仏に参拝(タイ東北部・ラオスビエンチャン旅行記2)

鳩の餌の押し売りを、間一髪で逃れる

 路線バスに乗り込み、エメラルド仏へお詣りをするため、プラケーオへ移動します。バンコクのバスは、わかりにくいですね。グーグルマップが、なければとてもじゃないけど使いこなせません。しかもバス停がタイ語表記しかないので、全く読めずに車掌さんにお金を払うのにいちいちスマホの画面を見せて、降りたいバス停を伝えなければ、ならないのが手間です。でも、安いし、市内ならどこでも、安価に行けるので、手放せない。

 バスを降りた場所にあった、小さな噴水のある公園で、ちょっと疲れてしまったので、ベンチに座り休憩をしていると、ハトの餌を渡してこようとします。一人でハトに餌なんか渡したい気分ではなかったので、断りましたが、その後で「はっ!」と気がつきます。これは、もしかして有名なハトの餌の押し売り詐欺では。

 興味が出てきたので、休憩がてら見ていると、旅行客らしい人には子供でも遠慮なく、どんどんと鳩の餌を渡していき、鳩に餌をあげた時点で代金を請求していました。結構、高い金額なのか、もめてる人が多いですね。 見ていると、白人さんは強いですね。子供が餌をあげた後で、お父さんに請求してましたが、それまでの笑顔が嘘のような、強気のブチ切れで払わずに済ませていました。アジア人の若い男性は、残念ながらカモにされてしまったようです。女性はそもそも受け取らない人が多いですね。

 餌を売りつてけている人たちは、市中の中の人たちと比べて、汚い格好をしており、失礼ながら貧しそうです。経済上の理由からおそらくこんなことをしているのでしょう。横から見てるから、こんなことが考えられるだけであって、実際に被害を受けると、気分が落ち込んじゃいますよね。

 旅行であんな目にあっこの王宮(プラケーオ)付近は、観光客向けのサギ師が集まっているみたいで、どうもあぶないですね。以前には、近くの別の観光地に行った時に、「今日はその観光地は閉まっているよ。」と声をかけてきた人もいました。私は、門の外からでも一目見たいと思い、「それでも行くよ。」と答えて進みましたが、実際には閉まっておらず、愕然としたことがあります。 彼は、すごく笑顔のステキな爽やかな青年だったんで、門につくまで完全に信じ切っていたので、かなりショックでした。

王宮(プラケーオ)でエメラルド仏に参拝

 気を取り直して、王宮(プラケーオ)へ。著名なエメラルド仏が、敷地内にあるお寺に収められています。また、その名の通りタイ王室の象徴的な建物も同じ敷地内にありますが、普段は王様は別の場所で暮らしているみたいです。

 ラオスの首都ビエンチャンに行った際に、かつてエメラルド仏を納めていたが、ビエンチャンのプラケーオ(同名だが別の建物、このブログではワット・ホー・プラケオと記載しています。)を見てから、エメラルド仏に興味が俄然湧いてきて、本物を見てみたくなり、今回の訪問してみました。

 ラーマ1世が王様になる前に、軍を指揮して、エメラルド仏を持ってきてしまったというのが、語り継がれています。ラオスの人は、現状をどう思っているの

 以前にタイを訪問した時に、目の前を通り過ぎたことはあったのですが、国立博物館やワット・プラ・ケオに目を惹かれてしまい、時間の関係で訪問を省略してしまった経過があります。

 入口には、ゲートがなかったので、無料で入ることができるのかなあ。と思ったところで、料金徴収のゲート。タイでも最も有名な観光地の一つですから、さすがに無料ということはなかったみたいです。チケットは、別の場所にあるらしいウィマーンメーク宮殿という場所のチケットがおまけでついていました。

 壁画には、何かの仏話なのでしょうか。とても興味深いのですが、よくわからないのが残念です。猿が重要な役目を果たしているみたいで、王朝の成立に力を貸した伝説が記されているみたいです。他にも境内に猿の銅像もたくさん配置されていました。

 エメラルド仏の収められている建物は、キラキラと輝く、巨大な建物です。今までみたお寺の中でも、最もきらびやかでした。中には、その名前の通り、エメラルド色の小さな仏像が、灯りに照らされて鎮座しています。小さいといえども、ヒスイ?であの大きさは相当に珍しいものでしょう。

 金糸で出来た、服を着せられていましたが、ちょっと不気味です。季節ごとで服を変えるらしく、他の季節の服の方が好みでした。この服を着替えるイベントは、王様自らが着せ替えるらしく、タイでどれほど大切にされているかが感じさせられますね。

寝台列車のチケットを購入して、今夜の宿へ

 続いて、バスに乗り、チャイナタウンで遅めの昼食を食べた後に、歩いてバンコク中央駅(ファランポーン駅)へ。明日に乗る予定の寝台列車のチケットを予約します。窓口の端を見てみると、外国人専用のチケットカウンターがありました。 簡単な英語で気持ち良く購入することができました。チケットを購入するのに難儀するらしいと聞いていたので、スムーズにいって拍子抜けでした。 外国人専用カウンターのおかげかもしれません。普通の人と一緒に並んで、後ろからイライラされながら購入するのはなかなか辛いものがありますからね。

 続いて、本日の宿へ移動。日本の駐在員に人気のタニヤ地域を抜けていきます。このエリアには日本語の看板が氾濫しています。少し、寂れてきている雰囲気も感じますが、大きな歓楽街。中には、怪しげなお店もチラホラと目に入ります。

 少し駅から離れているので、道路を歩いて行く途中では、道を歩行者天国にして、たくさんの屋台がでています。日本発祥の料理であるたこ焼きのお店もありました。気になって購入してみましたが、ちょっと油でベトベトすぎますね。油を入れすぎているのか、もしかしたら揚げてつくっているのかもしれません。他にもジュースやタイ料理など様々な興味深い屋台が出ており、道中を楽しむことができました。おおよそ1キロ近くを歩きましたが、ほぼ途切れることなく屋台が続いていました。巨大なイベントですね。

 路地へ入ると、今夜の宿である、ゲストハウス"C40winks hostel"に到着します。気持ちのいい従業員が、明るい対応してくれます。荷物を置いてもう一度でかけようと思うと、エレベーターで一緒になった人が「どこから来たの?」と聞いてきます。『日本だよ。あなたは?」と返すと「タイだよ。(笑)」従業員さんでした。中国系らしい風貌の方だったので、タイと台湾を聞き違えてしまい、タイの国旗を指差しながら「従業員だよ。」と笑われてしまいました。

 そのあと、隣のルンビーニエリアまで移動して、マッサージと夕食を済ませました。静かで落ち着いていますが、安いゲストハウスが集まっており、外国人観光客向けながらも、リーズナブルなお店が集まっています。

 タニヤ地域は、繁華街ですが、ぼったくりなどが多そうですし、そうでなくても値段が高そうなので恐くてお店に入る気にはなりませんでした。外から見る分には、興味深いですがね。何十人もの若い女性が路上に出て、日本語で客引きをしています。別の通りに行くと、若い男の子が集まっている男性版もありました。なんとも言えず、「ぞっ」とさせられるものを感じます。 たくさん外にいるということは、暇なのでしょう。日本がだんだんと、元気がなくなっている今、日本時向けの商売でやっていけるのでしょうか。せっかく日本に期待して、日本語を勉強してくれたにもかかわらず、うまくいってなさそうな姿を見ると、日本人としては期待を裏切ってしまったような、気持ちにさせられます。

ウィンメーク宮殿へ行ってみましたが・・

 王宮に行った時に無料チケットが付いてきた、ウィンメーク宮殿に行ってみることにします。ガイドブックを見ると、チーク材の美しい木製の宮殿とのこと。

 まずは列車に乗って、交通結節点の戦勝記念塔へ。ここでバスに乗り換えます。あまりにも多くのバスが来ているため、バスで乗り場が渋滞している状態です。後ろのバスが、前のバスに「ブーブー」警笛をならすカオス状態。乗車してから戦勝記念塔のリータリーを出るまで15分ほど経ってしまいました。

 バスを降りて、メルマーク宮殿に向かおうとすると、セキリュティエリアだったらしく、銃を持った兵隊が警備しています。入っていいか聞こうと思って門に足を踏み入れたとたん、すぐに出て行くように注意されます。携帯電話のガイドでは、ここを通れと指示していたのに。

他の入り口も同じような状態。道を聞くような雰囲気でもありません。さらに、動物園の方まで回っていくと、ついに入口を発見しました。 塀の外からやっとメルマーク宮殿の木製の美しい姿が見えて・・きません。どうやら、修復中みたいです。しかも定休日でした。調べが甘かったです。

さて、このまま市街に戻って他の観光地に行くのも、面倒なもの。 先ほど目に入った、動物園に行ってみることにします。平日ということもあり、園内は閑散としています。外国人観光客は、目に入る限りではいなさそうです。緑が豊かなので、強い日差しもやわらかく、散歩するにはちょうどいいです。

動物園の中には、戦争中の防空壕が保存されています。枢軸国として、日本とともに太平洋戦争を戦った時代の記録が残されています。タイが受けた被害が記録されていました。動物園の中に、急に兵隊の模型があったので驚いてしまいました。

動物園を見た後は、寝台列車に乗るためバンコク中央駅(ファランポーン駅)へ向かいます。

(続く) hino0526.hatenablog.com

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ビエンチャンにエメラルド仏があった時代に収めらていたワット・ホー・プラケオの訪問記事です。エメラルド仏の辿った、放浪の歴史についても記載しています。 hino0526.hatenablog.com