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「旅」のことのはぐさ

Orient Travels of Hino

【中国・上海】上海中心部で歴史の波に翻弄されながらも、信仰の力を保ち続けてきた静安寺

上海

上海の地下鉄案内図を見ていると「静安寺」と名前のつく駅が街の中心部にあるのに気づきます。

ド派手なキンキラキンのお寺、ちっとも「静」でも「安らか」でもない

上海に来たので、1回ぐらいは寺に参拝しようかなと、気軽な気持ちでの訪問。繁華街のど真ん中にあり、お寺自体も高層化されている、まさに「ザ・都会のお寺」。

中国のお寺なら、たまに見かけるのですが、堂内はキンキラキンです。言い方わるいですが、「おいら金持ってんぜ〜」という印象。ちょっと派手すぎて、日本人には受け入れ難い状況です。

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でも、地元の人はたくさん参拝しており、大人気。早い時間だったのに次から次へと人が来ます。拝観料50元もとるのに。50元ですよ。

私が行った時は、元高円安の時だったので、1元20円ぐらいしたので、1,000円も〜とプリプリしてたのですが、その拝観料の高さにもかかわらず、本当にたくさんの人が来てるんです。

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大仏さま。不思議な色をしています。ブロンズ像かな?少し銀が含有されているのかもしれません。大きな伽藍の割に小柄です。

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そして何故か大人気なのが、望楼。本殿からずーと建物をまわって行かないといけないのに、みんなお参りしています。

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まあ、ここまで散々の悪口を書いてきたのですが、帰って調べてみると、静安寺。激動の歴史に翻弄されてきた末に、地元の人の支援を受けながら何度も再建されてきた受難のお寺でした。

創建は、三国志の時代!

創建されたのは、もはや伝説の領域になりますが、三国志で有名な「呉」の創始者、孫権の名によると言われています。なんと西暦247年。日本史で言ったら卑弥呼が亡くなった年になります!

その後、南宋の時代1216年に現在の地へ移転。静安八景と称えられた名所が静安寺が有名にしました。

その興隆の中で、鐘(洪武大鐘)が1369年に鋳造をされました。この鐘は、現在でも残っており、参拝客は打つことができます。

その後、大きな試練が続くこととなります。1回目は、太平天国の乱に巻こまれ、旧い伽藍が全焼してしまい、一時は仏像を雨ざらしにするほど、困窮したと言われています。

大商人の胡雪巌の支援などを得て、崩壊から20年が経過した1880年に、静安寺は再建されます。当時は、すでに上海市が発展を始めており、周囲は市街地化される最中のことでした。

租界にふくまれた静安寺

次の試練と言っていいのでしょうか、静安寺のある敷地は、共同租界に含まれてしまいます。租界なんて、バンドを中心とした地域であると思ってましたが、どんどんと拡大された結果、この静安寺も含まれてしまったようです。このことには驚きを感じました。

戦前の上海のガイドブックには、「租界」の中には、確かに「静安寺」の項目があり、以下のように書かれています。

競馬場に沿って西へまっすぐに進み、ベルギー、イタリア、スペイン各領事館の並んだ静安寺路の電車終点に静安寺がある。龍華寺と同様、赤鳥年間(皇紀898年)呉の大帝の建立にかかり、旧い歴史と博説をもった古刹である。寺前の井戸は古来天下第六泉の抗があり、乾隆43年(皇紀2438年)巡道盛澤が修築し、室を設け座天湧泉と命名し、また海に通じる泉と信じて海眼とも呼んだという。今は道路の真ん中になって、わずかにメタンガスを噴出しているばかりで、わずかに石欖を設けてその面影をとどめている。

しかし、外人間にはこれをバーブリング・ウェル(噴出井戸)と呼ばれており、毎年4月8日の灌仏会には日用品の露店がならび、バスケット市と呼ばれているので知られている。

 (出典)「上海」 ジャパン・ツーリスト・ビューロー [編]  昭和14年発刊 ※一部旧仮名遣いを改めたりしています。

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ガイドブックでは、あまりページは割かれておらず、それほどの人気があったようには書かれていません。魔都と呼ばれた上海の、それも租界の中で、寺の運営をしていくのは何かと気苦労が多かったでしょう。

ガイドブックに載っている井戸は、かつてたいへん有名だったようですが、現在では埋められてしまって存在していません。

石欄は、道路に埋まっているのが近年発見されたようです。上海歴史博物館にレプリカで再現されています。みんなが訪れていた鐘楼の下にあるみたいです。

文化大革命と静安寺

戦後には租界はなくなりますが、中華人民共和国のもとで第二の危機を迎えます。宗教や歴史が否定される文化大革命の中で、静安寺も迫害にあい、僧は還俗を余儀なくされ、寺はプラスチック工場に転換されました。

さらに、1972年には火事によりまたしても全焼の憂き目にあってしまいます。

しかし、1984年には、国家の支援もあり再び再建することが叶い、現在では中国仏教会で中心的な寺院としてふたたび人々の尊敬を集め、伽藍を再建することができるようになりました。

歴史を知ったら、もう一度行きたくなってきました

このように、何度も危機を乗り越えてきた、歴史的な寺であったということがわかると、もう一度ゆっくりと見て、歴史を感じてみたいような気持ちがしてきます。

あと、静安寺のまわりは、グルメスポットになっており、評判のレストランがたくさんあります。歴史とグルメの両方を味わいに、静安寺へ行ってみませんか?

静安寺

住所 上海市南京西路1686号

参拝時間 7:30〜16:00

参拝料 50元

関連情報

 同じく、太平天国の時代には、大きな被害を受けた歴史ある古鎮です。市街地から地下鉄でアクセスが可能です。

歴史好きなら行って損はありません。実物大のジオラマでタイムスリップ。上海歴史博物館。 

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